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ココ・アヴァン・シャネル

2024.10.22


「ココ・アヴァン・シャネル」で語りました。


(概要)田舎のナイトクラブからパリへ、そして世界一へ。

    コネクションも財もない孤児院育ちの少女が、世界のシャネルになるまでの物語。


孤児院育ちでコネも財もないガブリエル・シャネル、通称「ココ・シャネル」

がいかに世界のシャネルとして育ち、発展していったのか?


彼女の業績は計り知れないが、


「女性をコルセットから解放した」 「黒をファッションに初めて用いた」

「シャネルスーツを普及させた」  「ジャージをファッション素材として用いた」

「画期的な香水であるシャネル No.5」

 

例えば、香水no.5は売上の2%をロイヤリティとしてもらうビジネスモデルであるとの

こと。


今回、映画を観て、語り合って、それから調べて、初めてココ・シャネルを知ったことも多く、映画で語り合った自分の気づいた点を整理してみたいと思います。


★インスパイアされたもの(自分の考えや行動の強く影響をうけたもの)


場面①映画の場面で恋人が「貧困の哲学」の本が映っていた ~時代背景~


フランス革命(1789~1795)の思想となったルソーの「人間不平等起源論」が根底にあるようだ。わかりやすく言うと、本来、自由・平等の世界であったはずの自然な状態が、不自由・不平等の社会状態になった根本原因は、『財産の独占・私有化』にあり、言わば「財産とは盗みである」という批判があった。

フランス革命によって、資本主義(法の下の平等、経済的自由、自由な私的所有)が拡がっていた。


ココ・アヴァン・シャネル(1883~1971)だから上記の時代の変化・背景があったと思う。





場面②父親に姉とともに孤児院に連れていかれ、毎週、父親が迎えに来るのを待っていた    が、こなかった。


父親が浮気し、お母さんは家のベッドで死んだ。病院で死んだわけでない、という事実

を見たとき、お母さんのような誰かの庇護(主人を頼りにするしかない生き方等)を前提とした最後の結末は、悲しみ、怒り、哀れみ、憎みなどが入り混じった強い感情を生んだと思える。これが、ココの決して男性、金持ちなどに媚びない、そのためには経済的な自立ができる基盤がないといけない。


パトロン、タニマチの関係ではない。経済的援助を受けると「自由」がなくなる。無意識・意識双方で、これらの決断を心の奥底でしたのではないか。



場面②  窮屈なドレス(コルセット)を揶揄~時代背景~


コルセットの着用によって多くのヨーロッパの貴婦人は行動の自由を制限され日常を不自由に暮らす生活を送っていたが、第一次世界大戦を通して数多くの男性が戦場に行ったため、多くの場所で労働力が不足して男性の代わりに女性が社会進出してきた。

このコルセットは体の自由を奪うコルセットは邪魔者でしかなかった。この窮屈からの解放(自由)が、シンプルなドレス(リトルブラックドレス)につながったようだ。


ガブリエルココの発想は、経済、精神の自由を保てる人生決断と時代背景が重なって生まれたものと思う。(私のインスパイア仮説)




場面③ 姉の行動 


 一方、姉は姉とは対比的な生き方を選んでいた。


フランスの貴族に紹介され、姉と二人で歌を聞いてもらう機会があるとココは喜んだが、

 姉は好きな男爵がおり、結婚したいと考え、一緒にいかなかった。また、貴族社会の仲間と競馬を楽しむ場面では、同じ場所に一緒にいるのではなく、違う場所で待たされていた。正妻でない、また身分が違うからか、ある意味、屈辱的で理不尽と言える扱いでもれようとも姉は、好きな、いつか、男性(男爵)と結婚できると夢見て従順だったわけだ。

あきらかにココは、違う生き方を選んだ。 ココは“媚びない” 媚びない生き方は自由(反面、リスクは伴い、覚悟が必要)を選べる。


媚びない生き方、あるいは断ることができる、他に選択肢があることは精神の自由を担保し、逆にそれが強さを生むと私は実感している。




★ココの起業家的行動に近いと感じたこと

 

 近年、起業家的行動として、エフェクチェーンという考え方がある。「その先にある未来は自分たちで変えられる」という世界観です。 


考え方に

・手持ちの手段で何か新しいことができないか(目的でなく手段で考える)

・自分の関係する顧客・競合等もパートナーとしてみる。 等がある。


ココは最初からココ・シャネルをゴールイメージしていたわけでは決してなく、手持ちの手段を活かした。裁縫の技術は直接的経験があった。また、常に男爵とはパトロンとしてではなく、媚びず、客観的に貴族の交流される社会を見続けてきた。そこから貴族社会の当たり前とは違う視点(手段)を活かしていた。例えばパトロンの女優が来て追い出されようとしたときも、馬に女性でも乗りやすい真逆の男装をして再接近したことなどがそれに当てはまると思う。

また、このパトロンの女優を 結婚候補者として敵とみたのではなく、自分のファッションのアイデアを活かす実験的顧客であり、機会を拡げる人脈をもつ人としての(ビジネス)パートナーとして認識していた。


まさにエフェクチェーション(起業家的行動)と重なるように思う。


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今回も参加者の質問からいろいろ考え、自分なりに気づくことが出来ました。

 彼女が次々生まれる発想の原点、インスパイアされたものは何か?

 彼女の生き方(結婚、自立)について

 等、 いろいろな見方を楽しんで、私の認知・解釈がまた拡がりました。(坂田)


                      2024年11月3日

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